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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7366号 判決

原告 西川克治

原告兼右法定代理人後見人 西川テイ

右両名訴訟代理人弁護士 猪熊重二

同 山田正明

同 中西正義

甲事件被告 水上清

右訴訟代理人弁護士 田邨正義

乙事件被告 トヨタ東京オート株式会社

右代表者代表取締役 道家和雄

右訴訟代理人弁護士 田坂昭頼

同 田邨正義

主文

一  被告水上清は、原告西川克治に対し金四七七万六、三九二円、同西川テイに対し金一五〇万円及びこれらに対する昭和四七年一月九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名の被告水上に対するその余の請求、並びに被告トヨタ東京オート株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告両名と被告水上清との間に生じたものについては、これを四分し、その一を原告両名の、その余を同被告の負担とし、原告両名と被告トヨタ東京オート株式会社との間に生じたものについては、原告両名の負担とする。

四  この判決は、原告両名勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告両名)

一  被告両名は、各自原告西川克治に対し金二、〇〇〇万円、原告西川テイに対し金三〇〇万円及びこれらに対する昭和四七年一月九日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告両名の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告両名)

一  原告両名の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告両名の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

以下原告西川克治を「原告克治」と、原告西川テイを「原告テイ」と、被告水上清を「被告水上」と、被告トヨタ東京オート株式会社を「被告会社」と、それぞれ呼ぶ。

(原告両名)

「請求原因」

一  事故の発生

原告克治は、次の交通事故(以下、本件事故と呼ぶ)によって傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和四七年一月九日午前一時頃

(二) 発生地 群馬県高崎市上佐野町七〇六番地

国道一七号線道路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(練馬五五に一一六九号)、被告会社所有、被告水上運転

(四) 事故の態様 被告水上は、加害車を運転して東京(高崎)方面から新潟(前橋)方面に向けて進行中、前記道路を右から左側に向けて横断歩行していた原告克治に自車を激突せしめた。

(五) 原告克治の傷害の程度等

1 本件事故により原告克治は、頭部外傷(脳挫傷)、左骨盤骨折の傷害を受けた。

2 そして次のとおり治療を受けた。

昭和四七年一月九日から同年一一月一〇日まで(三〇六日間)国立高崎病院入院

昭和四七年一一月一〇日から同四八年四月一六日まで(一五八日間)栃尾郷病院入院

昭和四八年四月一六日退院以降自宅療養

3 原告克治には、四肢の知覚麻痺、運動麻痺、思考能力の著るしい減退、排尿、排便の障害、動眼神経麻痺等の後遺障害が残った。すなわち身体をみずから動かすことは全く出来ず、ぼんやり眼を開けて寝ているだけで、食事、飲水はすべて妻たる原告テイにさせ、他方排尿、排便も事前に覚知できないためおむつをあてている。精神能力も単純な話を理解し話すことはできるが、記憶が著るしく減退しているため、単純でないことがらについては判断したり思考することはできず、その知能は幼児程度である。結局原告克治は、いわゆる植物人間になってしまったのであり、それが脳挫傷に基因しているので改善の余地はない。この障害等級は第一級に該当する。

4 原告克治の妻たる原告テイは、夫の右のごとき精神状況を考え、昭和四八年九月に新潟家庭裁判所長岡支部に原告克治に対する禁治産宣告を申立て、同裁判所はこれを入れて昭和四九年三月二九日同原告に禁治産宣告をなした。そして原告テイは民法の規定により原告克治の後見人となった。

二  被告水上の責任

被告水上はスピード違反および前方不注視の過失により本件事故を発生させたのであるから、不法行為者として、原告両名の後記損害を賠償すべき責任がある。

三  被告会社の責任

被告会社は、加害車を所有し且つこれを自己のため運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により賠償責任があり、また被告水上の使用者であり、被告会社の業務執行中に、被告水上の不法行為により本件事故が発生したのであるから、民法七一五条一項による責任もある。

四  原告克治の損害

(一) 治療費       二三万七、四八六円

栃尾郷病院入院中の昭和四七年一一月から同四八年四月までの国民健康保険自己負担分

(二) 付添費      一八五万五、五〇〇円

1 付添看護料     一八二万五、〇〇〇円

原告テイが、昭和四七年一月九日から同四九年七月八日までの二年六月の間付添看護したが、一日二〇〇〇円の割合と見て右金額となる。

2 寝具借用料       三万〇、五〇〇円

原告テイが、付添看護のため病院に宿泊した際に使用した寝具の借用料

(三) 入院諸雑費     二一万七、〇〇〇円

一日五〇〇円の割合とみて、入院日数四三四日分の合計

(四) 休業損害     二二二万〇、二六五円

原告克治は農業を営むかたわら農閑期にいわゆる出稼ぎをしていたが、昭和四六年の年収は、農業所得二五万四、四一六円、給与所得六三万三、六九〇円の合計八八万八、一〇六円であった。

前記治療にともない昭和四七年一月九日から同四九年七月八日までの二年六月の間休業を余儀なくされたが、右年収を基礎として、この間の休業損害は右金額となる。

(五) 逸失利益    一八七六万一、一八一円

前記後遺障害により、原告克治は、将来得べかりし利益を喪失するが、その現価は左のとおり算出される。訴提起時五三才(大正一〇年三月二四日生)、就労可能年数一五年、労働能力喪失率全期間一〇〇%収入年額一八〇万〇、二〇〇円

なお収入は、昭和四七年賃金センサス第一巻第二表の産業計、企業規模計、年令計の平均給与額(臨時給与を含む)を一、一倍した。

(六) 将来の付添看護料 九九三万九、六八〇円

前記後遺障害により原告克治は、終生妻たる原告テイの付添看護を要するところ、同原告の余命二〇、五三年と見込まれるので、看護料一日二、〇〇〇円と見て右金額となる。

(七) 将来のおむつ代  一三六万六、七〇六円

同じく終生おむつを必要とするところ、一日当り五五〇円(一日五枚、単価五五円)とみて、余命二〇・五三年なので右金額となる。

(八) 慰藉料         一、〇〇〇万円

傷害分(入院四三四日)、二〇〇万円、後遺障害分八〇〇万円。

(九) 弁護士費用         一〇〇万円

五  原告テイの損害

原告テイは、原告克治の妻として本件事故後一日として休むことなく、原告克治の看護、治療に当っており、今後も終生この負担をおうわけで、そのため畑仕事あるいは他所へ働きに出て年間三五万三、九九七円の収入を得ていたこと、などが不可能となった。

原告克治は死にも等しいあるいはそれ以上の悲惨な病状にあり、妻たる原告テイの精神的苦痛は筆舌に尽し難いところで、慰藉料として右金額を相当する。

六  損害の填補

原告克治は、強制保険金五〇〇万円、訴外千代田火災海上保険株式会社より、昭和四九年八月一九日に任意保険金五〇〇万円を受領し、同年八月二七日以降四回に分けて金三八七万七、八八六円を受領した。

よって前記損害の填補として合計一、三八七万七、八八六円の支払を得たので、右列挙の損害順にこれを充当する。

七  結論

よって原告克治の差引現存損害額は三、四五九万七、八一八円となるところ、うち二、〇〇〇万円、原告テイは右損害額三〇〇万円及びこれに対するいずれも本件事故発生の日より支払済みに至るまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金の支払を被告両名に求める。

「被告会社の責任についての補足」

一  被告会社は、加害車の所有権留保特約付売主にすぎず、本件は従業員のマイカーによる事故である旨主張する。

しかし被告水上との間にその主張のような契約書は存在しないのみならず、仮に売買契約の締結が事実だとしても被告会社の従業員たる被告水上は代金額等からみて極めて有利に扱われていた。そして加害車が被告会社の業務に使用されていたことは被告会社も自認するところであり、その使用頻度が被告会社主張のごとく僅少であったことは疑わしい。そのうえ加害車が被告会社営業所に不可欠の物的設備を構成していたと推認させる次のごとき種々の事実を勘案すると、本件は従業員が会社所有の自動車を私用に使った際に生じた事故と考えるべきである。

二  まず被告水上の仕事は内勤のみならず、代金回収、車の引取、納車等外回りのことも含んでおり、そして仕事で外へ出るときは殆んど車を使用していた。ところが、被告会社は機動性を旨とする自動車販売・修理会社で北営業所には営業関係二〇名を含む三〇名位の従業員がいたのに、同営業所の専用車は事故当時営業部門に乗用車一台、サービス部門に貸物車が一台存するのみで、しかも貨物車は専ら部品の運搬に使用されていたのである。

そうすると被告水上が外廻りの仕事をするには本件加害車の使用が不可欠だったわけである。そのために同被告の勤務中は、これを被告会社のまわりに駐車させておいたのである。

また勤務に使用した対価としてガソリン券を支給する前提として、被告会社は加害車の走行キロ数を正確に把握する必要があり、そのため被告水上は毎日の出退社の際加害車の累積走行キロ数を営業所備付の帳面に記入していた。またおそらく加害車の修理費用、及び任意保険料は被告会社が負担していたと思われる。

以上要するに被告会社は自動車販売会社として販売成積を上げ、且つ運行供用車責任を免れる目的で車を従業員に販売した形式をとったうえこれを被告会社の業務に使用していたもので、被告会社が本件加害車の運行供用車である。

三  右の点は加害車につき締結された任意保険の形式あるいは本件事故についての保険金の支払の態様からも裏づけられる。

すなわち加害車につき締結された任意保険は、保険契約者・被保険者とも被告会社で、しかも運転者限定がしてなく、また車輛保険(盗難保険)、搭乗者傷害保険まで付保されている。

右任意保険の契約手続は被告会社本社が行なっており、そして被告会社は保険会社の代理店業務も行なっていて任意保険の仕組みについても熟知している。従って被保険者の意義についても充分理解していたはずであるから、事故による損害賠償義務を負担するのは被告水上なのに被告会社を被保険者とするといった告知義務違反によって保険契約を解除されるようなことをするはずはなく、前記の本件加害者の所有、使用、管理の実態に則して被告会社みずからを被保険者としたことは明らかである。

なお被告会社は、保険契約者、被保険者を被告会社としたのは、一括契約(フリート契約)にして保険料を安くするためであると主張するが、本件加害車が本当にマイカーとして家庭用のみに使用されているのなら年令条件をつけ、運転者限定をすればフリート契約よりも低額になるのであるから、合理的な理由とは解し難い。

また家庭用の車輛に車輛保険、搭乗者傷害保険までつけるのは極めてまれで、結局管理、運転が無責任になる業務に使用されるからこそ、被告会社はかかる保険をつけたのでありまた被告会社従業員の誰が使用するか判らないからこそ年令条件を全年令担保とし、且つ搭乗者傷害保険まで付保したと考えられる。

さらに本件事故発生後被告会社は治療費等を支払い、この損害の填補を保険会社に請求し受領しており、また原告が任意保険金の支払いを保険会社に代位請求してこれを受領しても、保険会社、被告会社とも異議を述べない。そうすると被告会社は、任意保険金分については賠償責任あることを認めながらこれを超える分については法律上賠償責任がないという背理を主張しており、この主張は失当である。

四  右の次第で、被告会社は本件加害車につき、単独で、あるいは少なくとも被告水上とともに運行供用者の地位にあった。

また仮に右地位にないとしても、被告会社は本件加害車の運行を事実上支配、管理することができよって社会通念上加害車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあるので、運行供用者としての責任を負うべき地位にある。

「損害の填補に対する答弁」

被告水上主張の損害の填補分は、国立高崎病院の治療費に充当されており、その分は本訴において請求していないので原告主張の損害に充当することはできない。

(被告水上)

「請求原因に対する答弁」

一  請求原因一項中、(一)ないし(四)及び(五)の1の事実は認めるが、その余の事実は不知。

二  同二項記載事実は争う。

三  同四、五項記載事実は不知

四  同六項記載事実は認めるも、その余に後記損害の填補をしている。

「過失相殺」

本件事故時原告克治は、自動車交通の頻繁な国道を、午前一時という深夜飲酒酩酊し(血液一ミリリットルあたり一、九五及至二、一ミリグラム、酒気帯びの約四倍)、横断歩道でもないところを、しかも走行中のトラックのかげから対向車線である左方への確認を全く怠って横断したのである。

他方加害車の運転手である被告水上が、原告克治を対向車であるトラックのかげに発見した距離は一一メートルであるから、仮に被告水上が指定速度の毎時五〇キロメートルで走行していたとしても衝突を回避できなかった距離関係にあったわけである。被害者との衝突を防止するには被告水上において時速三〇キロメートル程度以下に減速していなければならないことになる。しかし真夜中の国道を走行するのに大巾に指定速度以下に速度を落すことは実際には少ないので、被告水上に注意義務違反があったとしても極く軽微なものである。

右事実からすれば、原告克治の過失も重大で少なくとも六割以上の過失相殺がなされるべきである。

「損害の填補」

原告ら主張のほかに損害の填補として原告克治は強制保険から五〇万円、任意保険から一一二万二、一一四円の支払を受けている。

(被告会社)

「請求原因に対する答弁」

一  請求原因一項中、(一)ないし(四)及び(五)の1の事実は認めるが、その余の事実は不知。

二  同二項記載の被告会社の責任については争う。

すなわち加害者の所有名義が被告会社に留保されていたのは、被告会社は昭和四六年二月頃被告水上に代金四七万七、六八六円、二四回月賦払の約で加害車を売渡したが、この代金債務を担保するためであった。従ってその実質的所有権は被告水上に帰属し且つその運行支配、運行利益はまったく同被告に帰属していたのであり、よって被告会社が保有者として責任を負ういわれはない。

次に使用者責任についても、被告水上が被告会社の従業員であることは認めるも本件事故は同被告において休暇中に友人と共にスキーを楽しむため群馬県戸倉スキー場に赴く途中に生じたものであるから、被告会社の業務執行中に生じたものではないので、これを負ういわれはない。

三  同四、五項記載の損害は争う。

四  同六項は認める。

「責任原因についての反論」

一  前記のとおり被告会社は、加害車の所有権留保特約付売主の地位にあったにすぎず、これの実質的所有者は、被告水上であった。

すなわち被告水上は前記のとおり自動車販売を業とする被告会社から月賦で加害車を購入したものであり、登録原簿上も所有権は被告会社に留保してあったが、使用者は被告水上個人とされており、且つ自賠責保険も同被告が保有者として契約していた。そして被告水上は、加害車を、自宅を保管場所とし、主に自らのレジャーのほか通勤にも利用していた。

もっとも同被告は本件事故当時被告会社北営業所にフロントとして勤務し主として自動車整備の受付を担当していたところ、営業所備付のサービス・カーが出払っていた際、修理代金等の集金のために加害車を利用したことがあり、これに対して被告会社からガソリン代の支給を受けていた。しかし被告会社業務への加害車の使用頻度は高いものではなかった。

二  右の事実から明らかなように、加害車は、被告水上のいわゆるマイカーだったのであり、本件は従業員のマイカーによる事故と特徴づけられる。

そしてマイカーについては、たとえそれが会社業務に使用されることがあったとしても、会社は従業員を介して間接的に車に支配を及ぼし得るのみで、しかも従業員が勤務を終えて会社の指揮命令から離脱してしまえば会社はマイカーの管理、使用について何らの統制を及ぼし得る立場にない。

結局マイカーの私生活上使用に対して、会社の運行支配、運行利益の存在を認むべき根拠はなく、実質的問題としても自ら支配をなすことがまったくできない領域まで責任を負担させるのは不当である。

特に本件にあっては、被告水上は、被告会社での勤務が主として内勤であり、加害車の業務への使用は少なかったこと、本件事故が被告会社の営業地域とは遠く離れた所で日曜日の深夜に生じていることなどを考慮すると、被告会社が自賠責任、あるいは使用者責任を負うことは、如何にその要件を広く解しても認められないところである。

三  なお原告らは、任意保険の契約者名義が被告会社となっていることをもって加害車が被告会社の保有であること資料としているようであるが一括契約(フリート契約)の都合上、被告会社名義で契約したにとどまる。自賠責保険の契約が被告水上となっていることは前記のとおりである。

「過失相殺の抗弁」

被告水上の主張と同旨である。

第三証拠関係≪省略≫

理由

第一事故の発生

原告ら主張の本件事故が発生し、原告克治が負傷したことは当事者間に争いがない。

第二被告水上の責任

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、国道一七号線の、コンクリートで舗装された平坦な直線道路上で、同所は片側二車線(一車線の巾員約四メートル)で、制限速度毎時五〇キロメートルとなっている。そして同所は人家の密集した市街地で歩道とはガードレールによって仕区られているが、ガードレールはところどころ切れて、これを跨いだりすることなく歩行者は道路を横断できるようになっている。なお事故は深夜であるが、事故現場付近は飲食店が開業しており、他方交通は頻繁であった。

(二)  被告水上は、群馬県下の戸倉スキー場に赴くべく、友人二人を同乗させて加害車を運転して本件事故現場に差しかかったのであるが、この時制限速度を上回る毎時六〇キロメートル位の速度で中央側車線を前照灯を下向にして進行していた。

そして事故現場で被告水上は前方約九メートルの地点に対向してくる貨物自動車を認めたところ、そのすぐ後の前方約一一メートルの道路中央付近を左から右に道路を横断進行している原告克治を認め急制動の措置をとったが間に合わず、自車進行車線中央寄りの地点で自車前部を原告克治に衝突させてその場に転倒させた。

同所は、ガードレールが切れて歩行者が横断しやすい場所となっていたが、横断歩道上ではない。

(三)  原告克治は、事故前日職場の新年宴会に出席し、午後八時頃宴会終了後も、友人達と共に飲食店等に寄って飲酒し、事故当日午前一時頃右のとおり事故現場を一人で横断しようとして事故に会ったものである。

事故直後の鑑定によれば、原告克治の血液一ミリリットル当り二、一五ミリグラムのアルコールが含まれており、当時かなり酩酊していたものと推定される。

右認定事実によれば、被告水上が、制限速度を超える速度で前方への注視を欠いたまま加害車を運転進行させて本件事故を惹起させたものと認められ、よって同被告は不法行為者として原告らの蒙った損害を賠償すべき責任がある。

他方原告克治にも、深夜酩酊して交通の頻繁な国道を横断歩道でない箇所を横断しようとし、そのうえ通過車輛のすぐ後を対向車の確認をしないまま横断しようとした重大な過失がある。

右双方の過失を対比すると、その割合は原告克治、被告水上とも各五の割合をもって相当と判断される。

第三被告会社の責任

≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  被告会社は、自動車の販売、修理を業とする株式会社で、都近郊に一四ヶ所の営業所を設けてその営業をしている。

被告水上は、昭和四五年一〇月に被告会社に入社し、被告会社北営業所に所属して、主に屋内での受付事務等に従事していたが、修理代金の回収、車の引取、納車の外回りの仕事もしていた。

(二)  被告会社は、昭和四六年二月中旬頃、被告水上に次の金額、支払条件で本件加害車を月賦払の約で売渡した。

本件加害車の代金は七七万八、〇〇〇円であるところ、下取車の価格、社員値引き分を差引き、これに月賦手数料、税金等、さらに強制、任意の各保険料を加算し、結局被告水上が本件加害車につき支払うべき金額を四七万七、六八六円と定め、被告水上はこれを被告会社に給与からの天引きの方法で昭和四六年三月以降二四回に亘って支払う旨約し、被告会社は本件加害車を被告水上に引渡した。

(三)  前記のとおり、被告水上が被告会社の従業員であったことから、右売買につき正規の契約書は作成されず、被告水上が昭和四六年一月二七日付の給与の天引きについての承諾書を被告会社に差入れ、被告会社は同年二月一八日付の売上伝票を作成して本件加害車を被告水上に売渡すという措置がとられた。

そして右売渡日をもって本件加害車の使用者は被告水上である旨登録されたが、その所有者は被告会社と登録され、所有権は被告会社に留保されていた。

(四)  被告水上は、本件加害車買受後、使用の本拠を自宅とし、通勤に使用していた。そして出勤した時は営業所近くの路上に駐車させていた。

ところで前記のとおり被告水上は被告会社で外回りの仕事も担当していたが、その際加害車を利用することもあった。被告会社は自動車で通勤する従業員には一、〇〇〇円を徴収するかわり八〇リットル相当のガソリン券を支給していたが、その車を会社に使用した場合には、消費した分のガソリンを補償していた。

(五)  ところで本件加害車につき、強制保険は、契約者が被告水上となっていたが、任意保険の契約者、被保険者は被告会社となっており、そして事故後その保険金の一部は被告会社に支払われた。

(六)  なお本件事故後右売買契約は解消され、被告会社は本件加害車を引取ったうえ、これを第三者に売却し、その所有名義も変更した。

以上の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると被告双方の関係を考えると本件加害車の売買につき契約書が作成されなかった事情も納得でき、この売買が特殊なものであったとか、特段の値引きがなされたとかの事情も認められない(社員値引きは、通常の値引額である)。

結局正規の契約書が作成されなかったとはいえ、被告会社は、いわゆる所有権留保特約付の売主として本件加害車を被告水上に引渡していたと判断される。

もっとも右のとおり加害車が被告会社の営業に利用されまた任意保険の契約者、被保険者が被告会社となっていたとの事情が存する。

よってこの間の事情並びに経緯についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると

(一)  被告会社北営業所は、新車の販売を担当する従業員一五名位の営業部門と、販売後のアフターサービスとして車の修理、整備等を担当する従業員一三名位のサービス工場とに別かれているが、被告水上はフロントというサービス工場の受付の地位にあって主に整備等に来た車の受付、及び任意保険の受付という屋内での事務を担当していたが、そのほかに前記のとおり修理代金の回収、車の引取等外回りの仕事もしていて月に一〇度位は外出していた。

ところで北営業所には、被告会社の車が営業部門に二台、サービス工場にトラック一台が置かれ、会社の業務にはこれらが使用されていた。しかしこれらが使用中で利用できない場合があり、この場合被告水上は本件加害車で外回りの仕事をしていた。

(二)  もっとも右営業部門の従業員はほとんど全員自分の車を持っていて、それで販売活動に従事していた。そしてその車は営業所敷地内に駐車させていたが、前記のとおり被告水上は、敷地外に本件加害車を駐車させていた。

なお従業員が被告会社の業務に自分の車を使用した場合にその分のガソリンが券で被告会社から支給されていたことは前記のとおりである。

(三)  一般に一契約者がその所有、使用する一〇台以上の車を一括して任意の自動車保険に加入する場合は、フリート契約となり、運転者限定はないのに二六才未満不担保と同じ保険料となり、更に一年を経過した後の割引率が大きくなるという恩典が受けられる。

ところで右フリート契約は、法人の業務用の自動車についてなされるのが本来であるが、契約締結のさい厳密な調査がなされるわけではないので法人の従業員の使用する自動車がその中に含まれることもあるが、保険会社はこの点をほぼ黙認している状態である。

(四)  前記のとおり被告会社営業担当の従業員は販売に自分の車を利用しており且つこれらの車の大半が被告会社から購入されたものであるためと推測されるが、被告会社は、従業員の車についても、自社の車だとして自ら契約車となってフリート契約で自動車保険に加入していた。

本件加害車についても右のような方式で、フリート契約として被告会社が契約者となった。

(五)  そうすると本件加害車の自動車保険については契約締結の際に告知義務違反があったわけであるが、保険会社(本件は共同保険で三社が当事者となっていた)、は前記のごとくかかる形式での契約が少なくないことや、その他の事情を考慮してこの点を問題にすることなく保険金の支払に応じた。

その際保険契約者が被告会社となっていたので、加害者立替分の保険金は、被告会社に支払われた。

以上の事実が認められる。

そうすると、被告会社の業務に本件加害車が使用されることがあったとはいえ、被告水上が受付という事務に従事していたことを考えるとその度合はさして多くなかったと推察される。その頻度につき事故当時の北営業所の工場長たる証人渡辺丈士、被告水上本人とも月二、三回であった旨供述する。この供述をそのまま採用することはできないにしても、営業所には被告会社の車が配置されていたこと、右両人の供述によれば修理代金は現金による支払が主であったことが認められるので、その頻度が多くなかったことは明らかである。

そして前記のとおり被告会社と被告水上間の本件加害車の売買につき被告水上につき優遇措置がとられたような事情はなく、その後の整備等についても同様である。また任意の自動車保険の契約者が被告会社となっているものの、それは右のごとくフリート契約の方式をとって保険料を安くしようとしたからで、保険料は被告水上において負担していることは右認定のとおりである。

そうすると本件加害車は専ら被告水上の通勤、レジャーに使用されていたもので、これが運行供用者は本来被告水上と認められる。もっとも右事実関係からすれば、被告会社が被告水上と競合して運行供用者の責任を負うべき場合が考えられなくはないが、前認定のとおり本件事故は被告水上が被告会社とはまったく無関係に友人二人とスキー場に赴く途中に生じたものであり、右のごとき被告会社の本件加害車の利用状況を考慮すると被告会社の運行支配を離脱していたものと判断され、よって被告会社が運行供用者あるいは使用者としての責任を負ういわれはない。従って被告会社は本件事故について原告らに対して何らの責任を負わない。

第四原告克治の損害

≪証拠省略≫を総合すると、原告克治は大正一〇年三月二四日生の男子で、妻原告テイ(大正一二年八月二日生)との間に男子三人をもうけていること、同原告は事故当時新潟県内の住所地で農業を営むかたわら農閑期には出稼ぎに行っており、他方原告テイは地元の織物工場に勤めながら農業の手伝いをしていたこと、本件事故により原告克治は、頭部打撲、脳挫傷等の傷害を受け直ちに国立高崎病院に入院し、昭和四七年一一月一〇日までの三〇六日間入院を続け、同日栃尾郷病院に転院し、昭和四八年四月一六日までの一五八日間入院治療を続け、同日症状が固定したとして自宅療養に切り換えたが、後遺症として四肢運動麻痺、動眼伸縮麻痺、前頭葉損傷による精神的変化が生じ、排尿、排便に障害があるといった症状が残り、退院時思考能力は衰え、四肢の知覚、運動とも完全に麻痺し向後の改善は期待できないという診断であったこと、そのため原告テイは、新潟家庭裁判所長岡支部に原告克治につき禁治産の宣告がなされることを申立て、昭和四九年三月二九日にその旨の宣告があったこと、現在原告克治は、原告テイの付添を受けて自宅で療養を続けているが、寝たきりで身体を動かすことはできず、左目は見えず、物を掴むこともできない状態であり、食事は原告テイが匙で食べさせたり、水差しで水を飲ませており、排便、排尿の意思表示ができないのでおむつを使用していること、精神状態は多少喋ることはできるも記憶がさだかでなく、話に脈絡がないこと、の各事実が認められる。この事実を前提として原告克治の損害についてみるに、以下のとおりとなる。

(一)  治療費      二三万七、四八六円

≪証拠省略≫によれば、昭和四七年一一月から昭和四八年四月までの栃尾郷病院入院の治療費として右金額を支払ったことが認められる。

(二)  付添費用等   一八三万〇、五〇〇円

原告克治の症状からすれば受傷後付添を必要としたことは明らかで、右認定のとおりこれには原告テイが該っている。同原告が原告克治の妻であることに鑑み、付添費用としての損害は一ヶ月六万円(一日二、〇〇〇円相当)とみるのを相当とする。そうすると事故発生後原告主張の昭和四九年七月八日までの二年六月の損害としては一八〇万円となる。

次に≪証拠省略≫によれば、原告テイが付添のため病院に宿泊した際寝具借用料として三万〇、五〇〇円を支出したことが認められる。

よって付添関係の損害は右の合計一八三万〇、五〇〇円となる。

(三)  入院諸雑費    二一万七、〇〇〇円

入院中の諸雑費として一日当り五〇〇円を要すると認められるところ、前認定のとおり原告克治は四六四日入院しているので、その主張どおりの入院諸雑費を要したものと認めうる。

(四)  休業損害    二二二万〇、二六五円

≪証拠省略≫を総合すると、原告克治は、地方税の申告につき、昭和四六年度の所得は八八万八、一〇六円であった旨届けており、よって本件事故当時の収入はこれを下回ることはなかったと推認できる。そして同原告がまったく労働能力を喪失するに至ったことは前認定のとおりである。

そうすると、原告主張の昭和四九年七月八日までの原告克治の稼働できなかったことによる損害は原告主張どおりとなる。

(五)  逸失利益   一三三六万三、一〇〇円

右昭和四九年七月当時原告克治は満五三才で、簡易生命表によれば、平均余命は二二、〇七年である。そこで原告克治の今後の就労可能年数を一四年とみ、この間年額一三五万円の収入が得られるものとみることにする。なおこの年収は、昭和四七年当時の原告克治の収入が男子平均給与の六割六分弱程度であったところ、昭和四九年の賃金センサスによれば、同年の男子の平均給与は年額二〇四万六、七〇〇円であること、並びに原告克治の年令等を参酌して算出したものである。

ライプニッツ方式により右期間の右年収を現価に引直すと右金額となる(一四年間の係数九、八九八六。一〇〇円未満切捨)

(六)  将来の付添費  七四七万三、三〇〇円

前認定の次第で原告克治は終生付添を必要とするところ、それには原告テイがあたると見込まれるので、その損害は前記のとおり月額六万円(年額七二万円)をもって相当とする。平均余命、原告克治の状態等を考慮し、その期間を一五年とみることとし、この間の右損害をライプニッツ方式で現価に引直すと七四七万三、三〇〇円となる(係数一〇、三七九六。一〇〇円未満切捨)。

(七)  将来のおむつ代 一三六万六、七〇六円

≪証拠省略≫によれば、原告克治は一日五、六枚のおむつを必要とし、その単価は一枚七五円であることが認められる。そうすると一日当り三七五円、年額一三万五、〇〇〇円を終生必要とすることになる。よって前記のとおり今後一五年間おむつ代を支出するとしてライプニッツ方式により現価に引直すと原告主張額を上回るので、その主張額の限度で認める。

(八)  慰藉料         一〇〇〇万円

前認定のとおり四〇〇日を超える入院治療を続け且つ寝たきりという後遺障害第一級に相当する後遺症が残ったことを勘案すると、原告主張のとおり入院分二〇〇万円、後遺障害分八〇〇万円の合計一、〇〇〇万円の慰藉料をもって相当とする。

(九)  過失相殺   一八三五万四、一七八円

右(一)ないし(八)の合計は三、六七〇万八、三五七円となるところ、前記のとおり本件事故発生につき原告克治にも過失があるので、その過失割合(五割)に応じて減額すると、損害は右金額となる。

(一〇)  損害の填補  四四七万六、三九二円

原告克治が、強制、任意の保険金合計一、三八七万七、八八六円を本件事故による損害の填補として受領していることは当事者間に争いがない。よって右損害額よりこれを差引くと残額は右金額となる。

なお被告水上は、このほかに合計一六二万二、一一四円の保険金の支払があった旨主張するところ、≪証拠省略≫を総合すると、この分は入院治療費として支払われていると認められる。本件傷害の態様に鑑み、かかる既に治療費に支払済の保険金を本訴請求分の損害に充当するのは相当でないと判断されるので、この分については損害の填補分に含ましめないこととする。

(一一)  弁護士費用        三〇万円

以上の次第で、原告克治は、被告水上に対して四四七万六、三九二円の損害賠償請求をなしうるところ、本訴提起を弁護士に委任したことは当裁判所に明らかである。本件事案、認容額に鑑み弁護士費用のうち三〇万円が本件事故と因果関係に立つ損害と認められる。

第五原告テイ 一五〇万円

前認定の本件事故により原告テイが置かれるに至った状態からすれば、同原告が夫たる原告克治の生命を害されたと同様の苦痛を蒙ったことは明らかで、この場合の慰藉料は、その主張するとおり三〇〇万円をもっても少なしとしない。もっとも前記のとおり原告克治の過失があるのでこれを考慮し、その五割に相当する右金額を本件事故による損害と認めることとする。

第六結論

よって被告水上に対して原告克治は四七七万六、三九二円、原告テイは一五〇万円及びこの各金員に対する事故発生の日たる昭和四七年一月九日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告水上に対するその余の請求ならびに被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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